【月間1万PV】港区女子の真の魅力とは!?【突破記念】

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当ブログの月間PV数が1万ビューを突破した。

開設以来約2年で、大台に到達したことになる。

これも、日頃ご愛顧いただいている皆様のおかげであります。

今回、記念ということで港区女子の記事をアップすることにした。

港区女子に再度フォーカスすることに決めたのには、理由がある。

当ブログで最もPV数を稼いでいるのが、「港区女子」の記事だからに他ならない。

(俺は至って真剣に書いたのだが、多数の方から面白いという感想をいただいてしまった)

今回の記念記事は、港区女子への感謝(鎮魂歌=レクイエム)だ。

港区女子と東京カレンダー

まず、港区女子とは何なのか?

これを一緒に復習しよう。

港区女子の復習

港区女子とは、哺乳類ヒト科に分類される性別メスの動物であり、下記の点に特徴を有している。

簡単に言うとまず原則として

  • 行動範囲が港区界隈である
  • 毎週毎晩、港区で飲み歩いている

という特徴がある。

さらに、追加的特徴として下記のものがある。

  • 外見や生活様式が派手でブランドと金が大好きである
  • 行動原理が金とスペックである
  • 思考原則がマウンティングである
  • 人生のすべてが虚栄心と嘘偽りで作られている
  • 努力と向上心は全て見栄のためである

まだまだ傾向はあるが、とりあえずこのあたりの追加的特徴に一つでも引っかっかったら港区女子を疑ってほしい

聖書(バイブル)としての東京カレンダー

港区女子を知る上で避けて通れないものがある。

港区女子の聖書(バイブル)である、「東京カレンダー」だ。

聖書がヒトという動物を人間たらしめるのと同じように、港区女子を港区女子たらしめるものが東京カレンダーだ。

東京カレンダーは、本来はそれほど下品な雑誌ではない。

東京カレンダーは、ひと昔まえは、もっと上品な雑誌だったと記憶している。

管理人が初めて東京カレンダーを知ったのは、今から約15年くらい前に、大学時代の親友の家に行ったときだ。

そのころは、決して、港区女子の欲望を煽るようなギラついた雑誌ではなかった。

今では、胸焼けしそうなほどのギンギラギラツキに、一瞬メンズナックルと見間違えるほどのクレイジーなキャッチコピーが目に飛び込んでくることが多々ある。

ここ10年のどこかで、東京カレンダーが港区女子路線に走った。

(まあ、単に編集長が変わったからなんだろう)

港区女子のおかげで、東京カレンダーの知名度は良くも悪くも急上昇した。

マーケティング的には大成功だった、ということだ。

最近はコンビニにすら置いてあったりするので、ぜひチェックしてほしい。

くれぐれも、東京カレンダーを読まずに港区女子を語るような愚を犯すことなかれ。

港区女子とパパ活女子との関係

港区女子がブームを巻き起こして久しい。

港区女子の交流とともに世間を賑わせたのが、「パパ活」である。

この「パパ活」という用語も、ドラマなどに取り上げられるようになって久しい。

(つくづく、世の中のコンテンツというのは、刺激を欲しているんだな、と実感する。)

とはいえ、港区女子に好意的な層というのは、少数派であろう。

大抵の雑誌記事やネット記事は、港区女子を取り上げて叩くことで、読者のガス抜きを狙っている。

そういう意味では、港区女子ブームというのは、港区女子にとってはいい迷惑だろう。

(港区役所もいい迷惑だろう)

港区女子が嫌われる理由は、何だろうか。

一つの理由は、ペイターズなどのパパ活アプリとセットで捉えられるイメージがこびりついてしまったからだろう。

港区女子とペイターズパパ活女子は、厳密かつ明確に区別されるべきだ。

※パパ活女子についてはここでは詳細は説明しない。パパ活女子は援助交際と飯乞食とのハイブリッド・システムだと理解すればよい。

パパ活をやっていない港区女子もたくさんいるし、港区女子ではないパパ活女子もたくさんいる。

それらが重なり合っている領域は、それほど多くないだろう。

「港区女子」は、若さと美と金とプライド(虚栄心)とに命をかけた世紀末の物語である。

パパ活女子のような飯金乞食とは一線を画する存在だ。

一流の港区女子は、夜の街六本木のきらびやかさに全く気圧されることなく、冷静かつ冷酷にIT社長を獲物としてロックオンし、時には体を張って仕留める、まさにプレデターだ。

映画エイリアンVSプレデターのプレデターを思い出してほしい。

港区女子の特徴の一つ:
目から射出されるレーザービームと覇王色の覇気

これに比べて、パパ活女子というのは、皿メシを与えて食わせるだけの「単なる飼育ゲーム」にすぎない。

豚は案外賢くて可愛い

港区女子とパパ活女子は、生き方や命の張り方において、まるで次元が違う。

ドラクエでいえばスライムベスとキメラくらいは違うだろう。(ドラクエ良くわからず書いてます)

港区女子の真の魅力

グーグルで港区女子と検索すると、とんでもない件数がヒットする。

みんな港区女子に興味津々だ。

港区女子は、なぜこんなにも我々を惹きつけてやまないのだろうか。

港区女子とアスリート

管理人はこう考える。

アスリートを考えてみよう。

この記事を読んでいるあなたも、好きなアスリートや尊敬するアスリートがいるはずだ。

リオネル・メッシ、クリスティアーノ・ロナウド、モハメド・サラー

ダルビッシュ有、田中将大、イチロー、

ロジャー・フェデラー、ノバク・ジョコビッチ、ラファエル・ナダル、(アンディ・マリー)

マイケル・ジョーダン

タイガー・ウッズ

・・・

(管理人はそんなに詳しくないのでこの辺で止めておこう汗)

貴方が尊敬してやまないアスリートを一人思い浮かべてほしい。

貴方が推しのアスリートのプレーを見ているときを思い出そう。

そのとき、あなたは心揺さぶられ、ワクワクし、感動するはずだ。

まるで恋い焦がれる乙女のように、彼らのプレーに心をときめかせるはずだ。

一流のアスリート達は、輝いている。

己の最高のパフォーマンスを発揮するために、

人類の限界に挑戦するために、

ほんのコンマ一秒にすべてを掛けるために

自分が持っているものを限界まで引き出そうとするその姿勢は、我々の心を打ってやまない。

・・・

港区女子の挑戦

港区女子はどうだろうか。

港区女子は、自分に正直に、本能に忠実に、ありのまま、精一杯生きている。

そこには、「キラキラしたい!」という狂おしいほどに純粋な願望があるにちがいない。

周りからどう言われようと、キラキラしたい、という自分の気持に嘘をつけないのだ。

一度の人生だから、自分の限界に挑戦しているのだ。

我々は三井を通じてキラキラへの情熱に感情移入することができる。

一昔前に一斉を風靡した、「暇な女子大生」も、同じだ。

暇な女子大生は、一流のちん◯アスリートを目指した高貴なる女性騎士にほかなるまい(騎乗◯が得意)。

もちろん、彼女たちにはそんな自覚はないだろう。

彼女たちには、己がアスリートであるという自覚はないだろう。

彼女たちは、生きたいように、やりたいように、他人の目など構わず、我が道を行く、ただそれだけだからだ。

Instagramは港区女子達のエネルギーに溢れている。

港区女子の強さ

我が道を行く人を見ると、我々は、そこに「強さ」を感じる。

龍が如く(ゲーム)の桐生一馬のような強さを、そこに感じる。




他人の目を気にして、上司の顔色を伺って、恋人や家族や友達から好きなように口出しされて、
自分が本当に欲するものに忠実に生きられない現代社会で、
もっと自由に行きたいという我々の願いを叶えるために突然変異で生まれたダークヒロイン、
それが港区女子なのだ。

我々の抑圧された深層心理を救うために生み出された地獄の三丁目、それが港区女子なのだ。

港区女子は、平成最後のダークヒーロー「ヴェノム」なのだ(顔も似ている)。

(ヴェノムは、スパイダーマンの敵役で有名)

港区女子は、毎晩港区の隠れ家高級レストランでインスタ映えを狙うインスタ蝿(ぶ~ん)と化す。

変幻自在である。

そんな姿も、儚い命を燃えつくさんとするひと夏のセミと同じようなものだと思うと、どこかロマンを感じないだろうか。

(まあ普通は感じないが)

港区女子が持つ生命の輝きを、あなたもぜひ体感してほしい。

※くれぐれも自己責任で。

・・・


どこに行けば会えるのかって?

東カレデートに登録するか、東京カレンダーの主催するパーティとかに行けば会えるでしょう。

※※くれぐれも自己責任で。

あなたが港区女子から受け取るもの

港区女子の輝きを見たとき、あなたは何かモヤモヤとした感情を持つかもしれない。

あるいは、港区女子の情熱(強欲さ)を見たとき、あなたは力強さと畏怖を感じるかもしれない(ごく稀に)。

そのときの自分の感情、感覚を大切にしてほしい。

もしかしたら、あなたは本心を押し込めて、正直な気持ちを奥底に封印していないだろうか。

本当は自分にとって大切だった何かを、我慢したままで、忘れてしまっていないだろうか。

港区女子がリトマス試験紙となって、あなたの心の奥底にある正直な気持ちを目覚めさせるかもしれない。

「自分の本心に正直に生きる人生」にかなうほどの幸せは、他にない。

これは一種の人生哲学だ。

自由とは、自分に正直に生きることにほかならない。

P.S.

自分に正直に、といっても、人を殺したいからといって通り魔殺人をするようなことは、管理人は許容しない。

それは、世界と調和していないからだ。

たとえ反社会的な願望だとしても、通り魔殺人が主人公の映画や小説やコンテンツを通じて、自らの情熱を世界に発信することができるはずだ。

社会と調和したかたちで、自分の願望を叶えることはできるのだ。

港区女子の生き様は、決して反社会的なものではない。

合法であり、モラルに著しく反するものでもない。

この世界に港区女子がいることは、我々にとって一つの進化の方向性を示すロールモデルになるはずだ。

まあ自分の娘が港区女子になったらと思うと冷や汗モノだろうが、、、

港区女子に幸あれ☆

あとがき

今回は港区女子を一生懸命肯定的に語ってみた。

港区女子の新しい魅力に気づいてもらえたなら、望外の喜びである(嘘)。

港区女子と関わるときには、くれぐれも自己責任でお願いしたい。

繰り返しになりますが、月間1万PV達成ということで、読者の皆様には感謝申し上げます。

今後とも当ブログをどうぞご贔屓に。

(ここ数ヶ月、更新が滞っておりますが、まだまだ書き足りないことが沢山ありますので、ご期待ください)

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